勝海舟記念下町浅草がん哲学外来Café

元には戻れないけれど……

 世の中的に新学期・新年度が始まる4月は、あれこれとやることが多い繁忙期。2018年4月16日に開催された「下町(浅草)がん哲学外来」の「がん哲学カフェ」のテーマは、珍しく何もない「無題」。普段と違い題目を設定せず、各自の近況を報告しあう調整の月だった。

 1周年を迎えた「吉田松陰北千住がん哲学外来」(北千住がん哲)の近況報告を、浅草がん哲メンバーで北千住がん哲主宰者でもある江川さんが簡単に報告。樋野先生との個人面談(15分程)を希望された方が8名集まるなど、スムーズな集まりの機会となっているようだ。

 無題だったので、がん絡みで進めたい。本年度の日本アカデミー賞では、女優の宮沢りえさんが3度目の主演女優賞を、「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016年10月29日劇場公開)での演技が評価され受賞したのが印象的だった。

 この作品で、宮沢さんは膵臓原発、現在は肝臓と肺に転移(脳にも転移している可能性有)している末期がんで、手術も放射線治療も不可能な余命2~3か月と告知される幸野双葉という女性を演じている。夫の家業の銭湯を切り盛りしていたが、1年前に突然夫(オダギリジョー)が蒸発したため、「店主が蒸発しましたので、当分の間、お休みします」と貼り紙をだし、一人娘の安澄(杉咲花)を育てている。

 自覚症状がなかったのに突如がん患者となり、しかも難治性の膵臓にできた「末期がん」という残酷な現実を突き付けられた双葉は、さんざん泣いた後、決断する。2~3か月の短い生命なら、少しの延命のために生きる意味を見失わないように、今やらなければならないことをやり遂げようと決意する。しっかり者で優しく強い女性だ。

 双葉の目下の心配は、蒸発した夫のこと、そして学校でイジメにあい耐え続けている娘のこと。他にも色々問題があることは、物語が進んでいくにつれわかってくるが、それは未見の方のために省略することにする。

 探偵を使って蒸発したダメ夫を探しだし、真実を打ち明けて家に戻らせる。しかし、夫には別の女性との間にできた娘がいることがわかったので、これまでのような家族ではない。別の女性には逃げられているので、まぁ、こじれることはなかったのだが。ともあれ、3人から4人家族となり、双葉は、自分が死んでも困らないようにきれいに問題をかたづけていこうとするのだった……。

 本作は、自主映画を撮っていた中野量太監督の商業映画デビュー作だが、話題をさらった良質の作品なのでお薦めしたい。子どもたちに自身の病気のことを告知しなければならないことや、末期がんと告げられた際の最期の決め方など、宮沢さんの好演もありじわじわと泣ける作品だ。

 これほどの熱い愛情を感じた子どもたちは、たとえ死に別れても、血の繋がりはなくても「すばらしい母親」がいたことを永遠に記憶に刻むことだろう。

 双葉は手術不可能ながん患者だったから、手術という選択肢はなかったのだが、手術可能という医師の判断で施術したものの、結果が良くないと「しなければよかったのかも?」と考えるケースが多々ある(ようだ)。まぁ、わからなくもないが、結果をめぐって家族間でもめたりするケースは感心しない。

 どう思うかは個人の勝手ではあるが、手術をしたら病気が根治する可能性は勿論あるものの、あちこちにメスをいれた身体が元に戻ることはないという事実を忘れているのではないか。勿論リハビリなどを丹念に行うことで元に近づくことは出来るが。

 病気になろうとなるまいと、人は生きていれば年を重ね、身体も精神も人付き合いも変わってゆくものである。病気になってプラスに思うこととして人が挙げることは、「一日一日を大切に思うようになった」とか「周りの人たちへの感謝の気持ちが沸いてきた」といったものだ。

若い日に戻ることはできないと同じように、病気になったら、それを潔く受け入れて共存するしかないのだ。それが、人生(自分の歴史)の全てではないのだから。

【2018/4/16 がん哲カフェ】(文・桑島まさき/監修・宮原富士子)

 

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