新型コロナウイルス感染拡大の影響で不要不急の外出や集まりの自粛要請がでてから、「勝海舟記念 下町(浅草)がん哲学外来」の「がん哲学メディカルCafe」(以下、「がん哲カフェ」と表記)は、3月の開催以降、三密を避けるためにリアル開催を控え、メンバー以外の参加希望者に対しては主宰者の宮原富士子さん(以下、「宮原さん」と表記)が問い合わせ対応をするにとどまっていました。6月に緊急事態宣言や自粛要請が解除されたとはいえ、まだコロナウイルスとの闘いは終わっていないため、「新しい生活様式」の一環としてオンライン会議やセミナーなどに切り替えるところが多くでています。
4月からリアル開催を自粛していたがん哲カフェも新しい時代の運営スタイルとして、オンラインによるカフェを実行いたしました。開催日は、7月6日夜(19時開催)、新しい時代のがん哲カフェにふさわしく、がん哲学外来提唱者の樋野興夫先生をお呼びし、「歴史と偉大なる人材を受けつぐ“がん哲学”の発想 ~今 日本に必要なこととは~」についてお話していただきました。
通常、がん哲カフェは毎月1回開催で、宮原さんが薬局長を務める薬局の打ち合わせ室を会場にしており、8人ほどのメンバーと見学者などで運営しておりましたが、今回はバーチャル空間ですので参加者を制限する必要がありません。案内をだすとすぐに百名を超える参加申し込みとなりました。参加者は、医師、薬剤師、理学療法士、看護師、管理栄養士など医療・介護の現場に従事する人が多数集いました。 宮原さんの薬局近くの某所で中継し、全国津々浦々の参加者がネット回線を通してつながるという、浅草でのがん哲カフェ史上、画期的な瞬間および出来事であったことは間違いありません。
開始に先立ち、ナビゲーターの宮原さんが、「浅草でがん哲学カフェを立ち上げ展開、継続してあっという間の10年だった。医療従事者の一人として『医療維新』を使命として活動してきた。患者さんの支援にあたって、間の取り方などがん哲学の教えに学ぶところが大きい」と挨拶。
樋野先生が提唱するがん哲学外来は全国180超におよび、先生は定期的に全国のがん哲学外来に足繁く参加されるだけでなく、各地の講演会やセミナーなどにも多く参加され、それぞれのテーマに応じたがん哲学を話されてきました。また、小学校や中学校でのがん教育にも携わっておられます。この日は限られた時間内で、歴史に名を残した偉人の精神をいかしたがん哲学の発想を簡潔にスピーチされました。先生のがん哲学に深い影響を与えた人物として、勝海舟、新島襄、内村鑑三、新渡戸稲造、南原繁、矢内原忠雄、吉田富三、菅野晴夫、Knudsonなどに触れられました。印象に残った先人の言葉は次の通りです。
■吉田富三
顕微鏡を考える道具に使った最初の思想家で、「顕微鏡の思想家」として有名。
■内村鑑三「プロの為さざること」5箇条
1.「プロは 人をその弱きに乗じて苦しめず」
2.「プロは 人に悪意を帰せず」
3.「プロは 人の劣情に訴えて事を為さず」
4.「プロは 友人の秘密を公にせず」
5.「プロは 人と利を争わず」
■新渡戸稲造の精神
1.生活環境や言葉が違っても心が 通えば友達であり、心の通じ合う人と出会うことが人間の一番の楽しみである
2.学問より実行
3.何人にも悪意を抱かず、すべての人に慈愛を持って
当日の参加者からは様々な感想があがりましたのでご紹介いたします。
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○東さん・女性
大阪でがん哲カフェは、「がん哲学外来メディカルカフェあずまや」を主宰している東医師は、毎年12月に開催される浅草がん哲シンポジウムに幾度もゲストとしてスピーチされています。コロナの影響で、大阪のカフェはオンラインのみでリアル開催はしばらくないということ。
○倉持さん・女性
訪問看護師の倉持さんは浅草がん哲学カフェメンバー。「顔立ちは変えられないが、顔つきは変えられる。いい顔つきで生きていきたいと思う」。
○Nさん・女性
8/6に山梨でオンラインカフェを開催予定。
○Aさん・男性
初参加。実際、薬剤師として患者さんにどのように言葉をかけたらいいかと迷うことがあるが、それを考えるいい機会になった。
○江川さん・男性
浅草がん哲学カフェメンバー。勝海舟をこよなく愛する研究家。コロナの時代は歴史の転換期だと思うので、がん哲学に学ぶところは大きいと思う。転換期こそ激動の時代をいきた偉人たちの行動や言動を参考にしたい。
○Tさん・女性
樋野先生のお話は初めて聴いて、とても参考になった。
○Kさん・女性
職場でがん患者さんと接する機会もあり、どのように声かけをしたら良いのだろうか。そして、自分の検査の結果を聞く度に心臓がバクバクするのを経験しています。ブレない自分、ブレない対応ができる医療人としての心構えを学べたら良いなと思いました。早速、樋野先生の本を購入。今日帰宅したら届いていました。樋野先生の優しい声は聞いていて心地よかったです。
○Mさん・女性
「ことばの処方箋」はいろんな場面で使えると思います。樋野先生のがん哲に参加できるなんてすごいです。また、参加したいと思います。
○Tさん・女性
樋野先生のお話を初めて聞き、こんな機会に出会うことができたことに感謝しています。まずは自分の顔つきからですね。いい顔つきの人になりたいなあと思いました。学生たちにリラックス、リラックといっても忙しさにかまけていたのではどうしようもないですね。いつか香川でもカフェが開けたらいいなあと思いました。
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「がん哲学に入るためには何から始めたらいいのでしょうか?」という参加者の質問に対して、「一緒にいて相手が苦痛に感じないようになる訓練の場、それががん哲カフェ」と樋野先生。先生は、がん病理学者でもあります。医者としてがん患者の方々に接する際の使命として、
1)「学問的、科学的な責任」で、病気を診断・治療する → 学者的な面
2)「人間的な責任」で、手をさしのべる → 患者と温かい人間としての関係、 と述べられています。
心にかけて寄り添うことで、「病気(がん)も 単なる個性」であり「病気であっても病人ではない」ということを、がんと向き合う患者さんにさりげなく気づきを与えるのです。現在、がんは2人に1人が罹患する時代。早期発見・早期治療の推進や、治療法・治療薬の進歩により「治る病気」になりつつあります。それでも、当事者はがんとどのように生きていくべきか迷い答えを求めます。医療者といえども怖いものは怖い、風邪もひくしがんにもなります。しかしながら、患者さんの前では毅然として、相手の気持ちに寄り添うという使命があります。その重さに耐えられず投げ出したくなることもあることでしょう。がん哲学の精神は、病気の人もそうでない人も全てに通じているのです。
コロナウイルスが世界規模で拡大している中、がん治療中のがん患者の方々は緊張を強いられていることと思います。コロナウイルスと最前線で闘う医療者には心から感謝申し上げます。このような不安な時代を生き抜くには、教養として、
1.本質をとらえる力(思考力)
2.深い人間への理解(感受性)
3.質の高い決断(安定性)
が必要だと力説。
この日、九州北部をおそった豪雨は甚大な被害を及ぼし「大雨特別警報」がだされ、またしても「かつて経験したことのない災害」という表現が繰り返されました。コロナ感染拡大にばかり気をとられていて、豪雨などの自然災害が怒りやすい7月だということを忘れた方は少なくないでしょう。
人は不安や心配ごとがあるとあれこれ考えてしまいがちです。がん哲学の精神に触れる時間、人の心を動かす思想が形成されたプロセスをじっくり思考することで、無心になり穏やかな心になっていることに気づくはずです。がんや心配事について考える時間は1日せいぜい1時間で十分です。なすべきことに全力を尽くして、後は心の中でそっと心配すればいい。どうせ、人生はなるようにしかならないのです。窮地にあるときこそ、笑顔でいましょう。笑顔でいることで免疫力が高まり、その笑顔に人が集まってくることでしょう。チャウチャウ犬の表情で、勇気をもって進んでいきましょう!
【2020/7/26 がん哲カフェ】(文・桑島まさき/監修・宮原富士子)