勝海舟記念下町浅草がん哲学外来Café

傷ついた人は助けなければならない

 今年も残すところ2か月をきったというのに、11月初旬、暑さが舞い戻り町ゆく人々の中には半袖姿が目立ちました。今年は9月も酷暑が続いたため全国各地で異常気象による変な現象がでましたが、この時期になり桜が開花した所もありました。秋は秋らしくあってほしいものですよね。物価高もかわりません。リンゴの季節ですが、一個2百円近くするものを購入する気になれずに我慢の日々を送っています。
  と、ここまで書いてふと思いました……こんな心配をしている私は幸福者といえるでしょう。海の向こうでは一か月も続く空爆で夥しい数の生命が奪われ、世界規模で停戦デモがおきているにもかかわらず停戦の意思をみせません。こんな戦いが展開している場所では、花が咲いたなどと悠長なことを考える暇はありません。
  戦時下においては失われた生命の数は単なる数字でしかありませんが、当事者にとってはかけがえのない一人。今、メディアはイスラエル、パレスチナ間の悲劇ばかりを報じていますが、ロシア、ウクライナ間の戦争もまだ続いていることを忘れてはなりません。無謀な戦争が早く終わるように、私たちはできることをして困っている人たちを救いたいものです。自分でもできることを考え、実行に移したいですよね。

 11月の「勝海舟記念 下町(浅草)がん哲学外来」の「オンライン がん哲学メディカルCafe」(以下、「がん哲カフェ」と表記)は、11月6日夜に開催されました。 今月のがん哲カフェは、流産・死産・乳児死等経験者の心のケア活動を展開するアンズスマイル代表の押尾亜哉(おすお あや)さんで、「流産と死産が私に与えたもの」という題目で、体験に基づいた思い・そこからうまれた活動について話されま

※アンズスマイル https://ans-smile.jp/

 ちなみに、押尾さんは2021年5月24日開催のがん哲カフェでも講師として登場されました。当時の講演については過去のコラム(↓)をご参照ねがいます。コロナ禍当時、まだ治療薬もワクチン接種もなされておらず、誰もが苦しい思いをされたことでしょう。あれから2年余、つい昨日のようにも遥か昔のようにも思えます……。

*2021年5月24日開催 がん哲カフェコラム    
「コロナの時代を生き抜く ~永遠に続くものはない、だからこそできること~」
http://www.asakusakanwa.net/g-cafe/20210528.html

 ところで、「どの時点で死というのか?」というテーマで語られることがよくありますが、見方をかえて「どの時点で生(生きている)なのか」または、「生きているとはどういう状態」なのでしょうか? 変な問いかもしれませんが、流産・死産の辛い経験を通して同じ思いをされている方々のためにグリーフケア活動をされている押尾さんのお話を聞いているうちに、2018年11月劇場公開された映画「人形の眠る家」(東野圭吾/原作、堤幸彦/監督)のことを思い出し、ふと考えた次第です。
  この作品では、ある日突然、愛するわが子が水の事故のために昏睡状態に陥り、懸命に介護の日々を送る母親(篠原涼子)が、わが子の死を受け入れるまでの心の在りようが描かれています。
  意識のない子どもは目をあけることも言葉を発することもできませんが、髪の毛や爪や身体は日々変化をみせます。母親は“生きている”娘をフツーにケアします、必ず元に戻ると信じて。“死んではいない”のですから当然の行為といえます……。しかし、周囲の反応は違います。未見の方のためにこれ以上の説明は控えさせていただきますので、是非、映画を通して生と死、医療・介護などについてじっくり考える機会をもっていただけたらと思います。

※「人魚の眠る家」 https://eiga.com/movie/88350/special/

 妊娠がわかりお腹の中で共に生き、会う瞬間を楽しみにしていたのに、出産前に宿った生命の灯が消えたり(流産)、苦しい出産の時間を経たのにうぶ声をきくことができなかったり(死産)、無事に生まれて顔をみせてくれたのに僅かな時間しか生きられなかったり(乳児死)……。死に直面した時、産む性をもつ女性の悲嘆は、男性と比べて大きいことは言うまでもありません。大事な人の死に悲しみを感じない人などいません。長く辛い不妊治療の末にこのような悲しみを味わう男女はなおさらでしょう。
  無事に出産した人は赤ちゃんをつれて自宅に戻り、自治体や親せきなどに祝福され、サポートをうけながら子育てにはいります。これだけ多くの死があるのに、赤ちゃんを失った側には特別なサポートがないのが不思議です。

アンズスマイルはそういう思いから誕生し現在に至っています。身体的に傷ついた人は医療機関で治療をうけます。精神的に傷ついた人たちも同じように助けるべく存在です。急がなくてもいい、時間をかけてゆっくりと傷ついたココロを回復させて欲しいものです。人間には基本的に自身の力で回復する力が備わっています。 この日、全国からオンライン参加したメンバーの中にも、大事な人の死に遭遇した方は少なくありません。それぞれが話をきき、語る、想う、それだけでも得難い感情に触れたような気がします。

 

【2023/11/6 がん哲カフェ】(文・桑島まさき/監修・宮原富士子)

 

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