勝海舟記念下町浅草がん哲学外来Café

当事者意識について

 女優の沢尻エリカが合成麻薬MDMAを所持し逮捕された事件はショックだった。なにかとお騒がせ女優だったが、いい演技をする役者だと認めていた。またしても芸能人かぁ~!という落胆。いつも注目を浴びていて足のひっぱりあいの世界だからストレスフルだということはわかるが、「特別な職業」だから許されるなんていう思い上がりはいけない。まぁ、お金はあるだろうからさほど重い厳罰にはならないでしょうが女優人生はどうだろうか? 

 それより、現物を風邪薬のカプセルにいれて隠していたというから驚く。風邪と間違えて飲んでしまったらどうだろうか? 自身は常習だからいいとして、家族とかたまたま家に遊びにきていた人が風邪薬をもとめて、本人がすっかり忘れて危険な薬を飲ませてしまう可能性がないともいえない……。

 11月度の「下町(浅草)がん哲学外来」の「がん哲学カフェ」(以下、「がん哲カフェ」と表記)は、女優の逮捕報道が過熱している最中の11月18日に開催された。

 この日は、HPVワクチン訴訟問題に取り組むメンバーの現状報告にはじまり、参加者のうち3人が薬剤師だったこともあり、話題は「薬の処方箋」について議論した。話題のポイントは、お薬を服用する側の当事者意識について。

 私たちは、どこか不調があると病院を受診し、医師の診断にしたがい処方される薬を薬局にいってだしてもらう。薬は、病院内だったり、病院外の薬局だったり、「薬のプロ」薬剤師の調剤によって私たち(患者さん)の手にわたると思っている。

 医療従事者以外であれば、あまり知識がないため深く考えずに医師の処方するままに薬を飲むことに決め、大方の場合、薬剤師も薬の説明以外は何も言わない(?)ので飲み方や薬の説明を聴き素直に服薬する。

 実は、薬剤師が何も言わないのではないらしい(言わない主義の薬剤師もいるらしいが)。患者さんの前で、「え~、この医師って何でこの薬を出すのかしら?」「この医師って信じられない~」なんていうと、言われた患者さんは不安になってしまうからそんな行動は慎む。

 しかし、この日集まった3人の薬剤師(全員薬局薬剤師)いわく、「患者さんに不安を与えないように、患者さんが不安に思ったりあとで心配にならないように、また万が一医師の処方が間違っていてそのまま渡さないように(それが薬剤師の使命)、おかしいと思うことがある場合には調剤室で処方した医師に確認するなどの対応をしている、と。それを疑義照会といい、薬剤師の職務上の義務になっているとのこと。

 また、薬剤師の彼女たちが自身やその家族のために薬を処方してもらう際は、専門家としての知識を存分にいかし、医師に意見や提案をするという。驚きだった! 何せフツーの人々は、医師に意見してプライドを傷つけたら関係性にひびがはいるから……とガマンする人も少なくないのではないだろうかと思うから。

 薬の服用をめぐるトラブルで副作用がでたり、死に至ったり、医療者側と患者側で争いが起こっているのは確かだ。慎重かつ丁寧な医療機関を経て服薬し、そのおかげで症状が改善された患者さんはラッキーと胸をなでおろすしかないのだろうか? そもそも、「慎重かつ丁寧な医療機関」だと、フツーの人々は何を基準にわかるのだろうか?

 薬の知識はないが、ネットや雑誌などで薬とサプリメントの組み合わせや食べ物との組み合わせのタブー例などはリサーチできるので、これぐらいは服薬前にチェックしたいものだ。薬剤師である主宰者の宮原さんは、自身のブログでこう語っている。

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 今、中医協などでの話し合いで、保険薬局における「調剤報酬」「〇〇加算」について議論がされている。

 まず「ポリファーマシー対策」としての「残薬」などの対策も議論されている。後者については、先に述べたように「まずは患者自身の考え方や薬というもの、治療というものへの理解や取り組み」についてのお伺いやアセスメントなどがベースになり、そのことが進められるのが望ましいのではないか。昨夜の「勝海舟記念がん哲学外来Cafe」でも話題になったところである。当事者は患者自身であるので、患者自身が当事者としてその変更に参画することが大事で、医師と薬剤師の間で話し合って勝手にというと語弊があるがどんどんやってしまってよいものではない。それに報酬がつくということは、今までの処方の在り方を見直すのにお金を患者が払うということなのでそこの点を重要視しないといけないのだろうと。

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 女優がいけない薬をえらび破滅的人生を選んだのは自己責任として、医療のプロの言説を信じて、すんなりと服薬するか不要と思うなら拒否するか。選択は自分次第ということだ。わからないことは特定の(その道のプロ)人にお任せして、何か大事があった時に文句をいう。

 HPVワクチン訴訟についていえば、副作用の被害にあった少女たちは気の毒だが、ワクチンを接種させたのは、多くの場合、親の判断によるところが大きい。そして、被害がでた人がいる一方で、被害がない「成功例」も多いことも事実だ。では、親に当事者としての責任はないのか? この訴訟問題は、成功した側と被害者側の対立が激しく、現状説明する対話の場がないために長引いていると聞く。

 医療を受けるのも、薬を飲むのも、介護施設を選ぶのも、ケアマネを選ぶのも、すべて自己責任ということか。自分が関わることについて知るチャンスはいくらでもあるはず。全国の「がん哲カフェ」には、それなりに医療従事者がいる(はず)から、十分にご要望にお応えできるはずだ。

【2019/11/18 がん哲カフェ】(文・桑島まさき/監修・宮原富士子)

 

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